2007-05-20

和歌山城と西の丸庭園

和歌山城は、尾張・水戸と並ぶ徳川御三家の一つ、紀伊徳川家の居城。歴代の城主には8代将軍・吉宗(5代城主)、14代将軍・家茂(13代)なども名を連ねています。

和歌山城・天守閣 和歌山城・天守閣
標高48.9mの虎伏山の頂上にある本丸には、大天守・小天守が連なった連立式天守郭と本丸御殿があったけど、今は本丸御殿の跡地は水道局の給水場になってます。

大天守からの眺望 大天守からの眺望
大天守からの眺望
左:和歌山港方面
右:高野山方面

石垣 石垣


西の丸庭園
紀州徳川藩祖の頼宣公が、西之丸御殿に築造した庭園で、昔から紅葉渓の名で親しまれていたそうです。

西の丸庭園<br />
鳶魚閣

西の丸庭園 御橋廊下

写真右の御橋廊下と天守郭、実はこの前の夜に撮影した場所がここでした...


2007-05-19

和歌山城

和歌山城

和歌山城

紀伊徳川家の居城、和歌山城へやってきた。

今月は、徳川家づいてるな...

2007-05-15

夜の和歌山城

ここのところ、ずっと出張続きでブログの更新が滞り気味...

って事で、本日は和歌山に滞在中です。

写真は夜の和歌山城だけど、ケータイのカメラじゃ何だかわかんないやorz


和歌山城

2007-03-27

夜の福山城

福山城 福山城

ライトアップされた福山城。
提灯がともされてるけど、さすがに花見にはまだ早いよね。

2007-02-21

夜の和歌山城

夜の和歌山城

ライトアップされた天守閣に誘われて、夜の和歌山城へやって来ました。

和歌山城といえば、徳川御三家の一つ・紀伊徳川家の居城で、8代将軍・吉宗、14代将軍・家茂も当主をつとめていたそうです。

2007-01-29

小江戸川越特集その2・川越城

今年は川越城の築城550年だそうだ。

熊本城が築城400年だから、ずいぶんと歴史のある古城なんだけど、そんな事は露知らず、N903iのGPS川越城本丸御殿にセット。案内にしたがって歩いていくと、目の前に飛び込んできたのは....

070129_01
ここが川越城本丸御殿。
こんな建物が隣町にあるなんてちょっと感激だ。

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立派な玄関に誘われて、中を見学する事にした。
入館料は何と100円。京都あたりの史跡の拝観料に慣れていたので100円とはちょっと驚きです。

しかも「写真はダメですよね」と聞くと
「ジャンジャン撮って下さい」とこれまた予想だにしなかった解答。

って事で遠慮なく撮影させてもらいました。

大広間 障壁画
玄関を入ってすぐの大広間には障壁画が描かれてます。

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家老詰所の様子。


本丸御殿から少し南に歩くと、富士見櫓跡がありました。

富士見櫓跡 富士見櫓跡
ちょっと見、小高い築山といった感じだけど、天守閣のなかった川越城にとって、お城で一番高いところにあった富士見櫓が天守閣の代わりだったそうです。今は御嶽神社が祭られていました。

富士見櫓跡からの眺望
富士見櫓の名のとおりかつては富士山が望めたんでしょうね。

川越城は、昨年、日本100名城に選ばれたそうです。

2006-11-23

熊本城

来年、築城400年を迎える熊本城へ、2年ぶりにやってきました。

宇土櫓と天守閣
※クリックすると大きな写真が別窓で開きます

写真は熊本城撮影の定番スポット、加藤神社前で撮影しました。
西南戦争の戦火を逃れた宇土櫓が見事。


加藤清正公像
加藤清正公の銅像


詳しいレポートは、2年前のこちらのレポートを見てね。

2006-09-24

寿能城址

旧大宮市唯一の城址、寿能城址です。

寿能公園
寿能城址は、見沼代用水西縁を挟んで市民球場の隣
今は寿能公園となってます。

わざわざロード引っ張り出してまで来るところじゃないんだけど...
まあ、今日はお気楽モードw


物見櫓跡
公園の脇にある石垣の上には、初代城主・潮田出羽守資忠の墓碑があります。どうやらここは、かつて物見櫓があった場所だそうです。


潮田出羽守資忠の墓碑
資忠公のお墓には今でも献花されてました。


本日の走行距離 23.45km

2006-08-21

両毛特集その2・鑁阿寺(ばんなじ)

両毛特集の第2弾は、足利氏の館跡でもある鑁阿寺(ばんなじ)。

(財)日本城郭協会が選定した日本100名城でもあるそうで、鎌倉時代の武家屋敷の面影を今に伝えています。

鑁阿寺
足利学校に隣接する鑁阿寺は、源姓足利氏2代目義兼が、建久7年(1196年)に邸内に持仏堂を建て、守り本尊として大日如来を祭ったのが始まりで、3代目義氏が堂塔伽藍を建立し足利一門の氏寺としたそうですから、開祖810年の歴史があります。


楼門・太鼓橋
鑁阿寺の楼門と太鼓橋。
土塁とお堀に囲まれていて武家屋敷の面影が色濃く残ってます。
ちなみに、このお堀と隣接する足利学校のお堀の間をかるがもが歩いたり飛んだりしていました。


本堂
国指定重要文化財でもある本堂。大日様が祀ってあります。


多宝塔
珍しい形の多宝塔。


経堂
経堂です。
 
 
 
尊氏像
鑁阿寺の参道脇に建てられた足利尊氏の銅像。
尊氏といえば、馬に跨った鎧姿の絵の印象が強いので、こんな風な立ち居姿は珍しい感じがします。


足利市観光協会ホームページ

2006-08-20

両毛特集その1・足利学校

両毛特集と題して、今日から何回かに分けて両毛エリアのオススメスポットを紹介します。


まず初めに紹介するのは、“日本最古の学校” 足利学校。

足利学校の創建についてはは奈良時代・平安時代・鎌倉時代と諸説あるようですが、歴史が明らかになるのは、室町時代に上杉憲実が書籍を寄進し庠主(学長)制度を設けるなどして学校を興した頃からだそうです。

庠主には、当時の学問のトップレベルにあった学問僧が任命され、学生の大半も僧侶でした。僧侶以外の俗人にも僧侶の学徒名がつけられたそうです。ちなみに学生は全国から集まり、中には沖縄出身の方もいたという記録があるそうです。

天文19年(1550年)には、フランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介され、「学徒三千」といわれるほどになりましたが、江戸時代末期には役割を終え、明治5年に幕を下ろしました。

なお、今の足利学校は平成2年に江戸中期の姿に復元されたものだそうです。

学校門
足利学校のシンボルともいえる「学校門」です。
寛文8年(1668年)の創建だそうですが、「学校」と書かれた題字はレプリカのようで、元々の題字は庫裡の玄関口に保存されていました。


方丈・庫裡
復元された方丈(左)と庫裡(右)
方丈とは学生の講義や学校行事などに利用されたそうで、今でいえば校舎か講堂になるんだろうね。
庫理は台所の事。庫理の奥には庠主の書斎であった書院があります。


方丈の中の様子
方丈の中はこんな感じ。百人一首かるた会や、新春書初め会なども行なわれるそうです。
この日は子供たちが、足利学校漢字試験「初級」にチャレンジしていました。


北庭園
方丈正面には南庭園が、そして方丈の裏に回ると写真のように北庭園が広がってました。
奥に見えるのは孔子廟(聖廟)です。


衆寮
学生が生活したり、書物を書き写したりした衆寮。
今でいえば学生寮ってところか。


衆寮の中
当時を再現した衆寮の中の様子。


孔子廟(聖廟)
寛文8年(1668年)に造営された孔子廟(聖廟)


裏門
裏門から見た足利学校。
裏門は学生は一般の人の通用門として使用されていたそうです。


足利学校全景
足利学校全景
(クリックすると別窓で大きな写真が開きます)


足利学校ホームページ(足利市HPより)
足利市観光協会ホームページ